妊娠前から妊娠中もずっと週3~4回位エアロビクスやヨガなどの適度な運動をしていたおかげで、初産なのに陣痛開始から出産まで5時間弱という超安産で出産する事ができました。産後の回復もとても早かったです。出産は体力が要るので、体調の良い方は妊娠前から是非、適度な運動を心掛けて下さい。
2009.9.15
昨年IVF大阪クリニックに転院してわずか3ヶ月、1度目の顕微授精で妊娠し、今年2月無事に元気な男の子を出産することができました。IVFの前の病院ではタイミング→人工授精→体外受精(顕微)で2年かかりましたが妊娠には至らず、最後の望みをかけていたので、妊娠おめでとうといわれた時は涙がたくさん出ました。妊娠が分かってからも出血が止まらず、流産したらどうしようと不安ばかりの日々でしたが、赤ちゃんの生命力のお陰で、今は笑顔で毎日を過ごせています。治療中は、ゴールの見えないマラソンを走っているようで本当に苦しいと思いますが、IVFの先生方を信じて治療を続けて欲しいと思います。先生方、本当にお世話になりありがとうございました。あの辛い時期があったからこそ、今わが子を抱く喜びと自分の命に代えてでも守ろうという思いと、周囲の方への感謝と、これから何が起きても大丈夫という自信につながっています。私の出来る事があればご協力させていただきますのでこれからもより良い技術の向上をしていただき、皆様が希望を叶えられるように宜しくお願いします。
2009.9.11
IVF大阪クリニックにお世話になり、無事第2子を出産しました。第1子は結婚してすぐに妊娠し、第2子もすぐにできると思っていたら…なかなかできず、結局6年あきました。どうしても欲しかったので、仕事も辞めて生活の見直しをし、病院に通う事にしました。初めに行った病院は自分の性格に合わず、少し辛い思いもしました。治療に対する思いに彼との温度差を感じ、ぎくしゃくした感じにもなりました。どうしても母体となる女の人が重みを感じるのは仕方ないかもしれないけど、2人のことだし、同じ思いで取り組みたいと思って、何度も話しました。2つの病院を経て、IVF大阪クリニックは3つ目にたどり着いた病院なのですが、3つ目でやっと一緒に受診してくれました。初めての病院で初めての検査…彼にとっては初めてのこと。あたしの不安や緊張を少し分かってくれたみたいで、その後は仕事の都合がつく限り付き添ってくれました。1回目のタイミングで妊娠し、運がよかったと思います。辛い思いもあったけど、今は「いい経験ができた」と思っています。心音確認まで3週もあって、すごく不安でしたが、命の尊さや家族の大切さを自分なりに考えさせられる3週間でした。妊娠期間の10ヶ月はあっという間でした。人生の中で何度もいつでもというわけにはいかない貴重な時間を充実して過ごせた事に感謝しています。諦めずに前に進むことの大切さ、家族や友達の大切さ、いろいろなことを改めて考える時間をくれた我が子に感謝の気持ちを込めて…カンガルーケアーの時は「ありがとね。」と何度も言っていました。IVFの先生方、スタッフの皆さん、本当に優しく丁寧に対応して下さりありがとうございました。「不安」のかたまりでドアを開ける私の心をしっかり受け止めて、適切に現実的に話をしていただき、しっかりと自分と向き合える力が出ました。今、IVFに通っておられる方、自分の体をいたわりながら、「今」を楽しむことを忘れずに頑張って下さいね。
2009.9.8
この度、結婚13年目にして、2722gのかわいい女の子を出産しました。病院に通い始めて10年、本当に色々ありましたが最後にIVF大阪に出会えてとてもラッキーでした。両側卵管水腫と不育症と診断されて、もうだめかと思っていましたが…6回目の顕微授精で授かりました。妊娠9ヶ月で切迫早産のため1ヶ月入院し、最後は中毒症になり、1ヶ月早い早産になりましたが、元気に産まれてきてくれました。先生や看護師さん、スタッフのみなさんに本当に感謝しています。ありがとうございました。
2009.9.8
結婚から3年目、子供が欲しくて体力的にきつかった仕事を辞めました。自然に出来なくて受診したところ、子宮内膜症と卵巣のう腫、腺筋症もあるとのことで、すぐ手術が決まり、4時間くらいの腹腔鏡下手術で癒着を取り除いてもらいました。内膜症はグレード4、のう腫は6cm大で腺筋症はそれほど大きなものではなく、子宮は切らなくて良かったです。お腹の切れ目から卵巣を外に出して癒着を取る。術後に写真を見て自分でもびっくり。子供は出来なくても納得の状態でした。半年経っても妊娠に至らず、体外受精1回の後治療を休み、結婚から8年目、手術から5年目にIVF大阪クリニックに転院して、3ヶ月で2回目の体外受精で成功しました。今から思えば前の病院は総合病院で、診察で見かける妊婦さんや癌と分かる患者さんが自分で思っているよりストレスになっていたみたいです。同じような病歴で治療している方のちょっと気休めになればいいなと思います。もう37歳で妊娠・出産は思ったより楽と思ったけど(高齢でも)日々重くなっていく赤ちゃんの抱っこで足も腕もパンパンです。産後のためにしっかり体力作りして下さいね。
2009.9.8
杉原先生、スタッフの皆さん、通院中は大変お世話になりありがとうございました。
遅くなってしまいましたが、無事に出産できた事を報告させて頂きます。1月15日に2970gの元気いっぱいな女の子が産まれました。
3度の流産を経験し、リンパ球輸血をしてやっと妊娠への扉が開けたと思っていたら次は不妊・・・と、不育症と不妊治療の2本立てで、何度諦めようと思ったか分かりません。流した涙も数知れず。娘は7ヶ月になり、できる事がどんどん増えています。こんな幸せな日々が送れて、本当に幸せです。治療中の皆さん、絶対諦めずに頑張って下さい。明けない夜はありません。
2009.8.30
私は不妊治療のお陰で3児の母になる事が出来ました。治療中は心身の痛みや不安、いつになったら恵まれるのかという迷路に入った気分になる事もありました。もちろん希望を持って治療を始めましたが、月日が経つにつれて希望も薄くなり、経済的にも不安になりました。しかし、いざ子宝に恵まれると嬉しさと幸せな気持ちでいっぱいになり、辛さは忘れ、毎日が育児との闘いです。育児は大変ですが、悩む暇もなく治療したから今があると痛感しています。今は1才半の息子と生後2週間の双子の女児との生活に疲れながらも満たされています。今治療中の方やこれからの方も、是非この充実感を味わえるように諦めずに頑張って下さい。
2009.8.24
男性不妊で治療を始めて、さらに検査で不育症だと分かり、夫のリンパ球を移植すると聞いた時はかなりショックを受けましたが、他院も含め5回目の胚移植で妊娠した時は本当に嬉しかったです。そして双子の女の子たちを37週で無事出産しました。現在4ヶ月ですがとてもかわいくて、不妊治療を途中で諦めずに頑張って良かったと心から思いました。妊娠初期には突然蕁麻疹が出たり、出血したりで泣きながら病院に駆け込んだ事もありました。双子妊娠なので中期からお腹が張りやすく、自宅安静を余儀なくされ、ほとんどマタニティライフは楽しめませんでしたし、後半1ヶ月半は管理入院したりと苦労もありましたが、妊娠できた喜びと2人を早産したくないという思いで頑張りました。治療中は先の見えない治療と薬漬けの日々で、「私はもう妊娠できないんだ」と落ち込んだ時期もありましたが、諦めなければいつか赤ちゃんは来てくれる、そう信じて現在治療中の方々には頑張ってほしいと思います。
2009.8.17
私は1人目を産んでから6年目にしてようやく2人目を無事出産する事ができました。
それまでに2年続けて2度の流産を経験し、不育症と言われました。毎月生理が来るたびに奈落に落とされた気分で、そのショックは皆さんも同じだと思います。何度そんな思いをしたでしょうか・・・。辛い治療も耐え、今思うと自分でもよく頑張ったと思います。元気な赤ちゃんの顔を見るたびに辛かった事を思い出し、やっぱり諦めずに頑張って良かったと思います。一緒に頑張って応援して下さったIVF大阪の先生や看護師さんたちにも感謝の気持ちで一杯です。治療中の皆さんにも早くかわいい赤ちゃんが授かりますよう、心から祈っています。
2009.8.13
私は2人目不妊でした。34才で第1子を出産し、産後うつなど色々あり、2人目を産もう!と思ったのが36才の終わり頃でした。しかし半年しても妊娠せず、生理も不順になり、すぐに病院へ行きました。当時はアメリカでしたが、婦人科から不妊専門医を紹介されました。その結果、「卵巣機能が低下しており、もうすぐ閉経する。妊娠など不可能だ。」と言われ、毎日泣いていました。夏に3ヶ月日本に帰ることになり、最後のチャンスと思ってIVF大阪クリニックへ行きました。自然周期で2回採卵し3つの卵ちゃんのうち2つを胚移植しました。「出来る事は全部した。これで終わりにしよう。」と思っていたので、胚移植の時モニターに映るキラキラ光る卵ちゃんを見て嬉し涙が出ました。ここまで来られたからもういい、と思えた自分にやっと向き合えました。IVF大阪のスタッフ、先生方、カウンセリングの先生、皆さんのさりげない心遣いがなければこうは思えませんでした。
そして奇跡の妊娠・出産!
「もし君のような人が妊娠したらすごい事だから、その時は連絡して。」と言って笑ったアメリカの医師もいれば、IVF大阪の皆さんのような方たちもいます。ありがとうございました。
2009.8.13